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2017/07/25

母性原理と父性原理

たふいんがくへんの前かふてふ、鵜川氏は
国語の教科書に載っているある文章の筆者と仲良しであったそうだ。
その人との対談などという本も発売されているそうだ。


それは、余談である。


母性原理と父性原理、その文中ではこう説明されていた。

母性原理は「包含する」
父性原理は「切断する」

欧米文化と、日本文化はこのどちらかの原理をメインに
しているのだ。
難しいようだけれども、言っていることはものの考え方の根本的なもの(=原理)が欧米と日本で違うと言うことである。


日本は母性原理によっている。
一方の欧米は父性原理によっている。

この考え方は文化に影響を与えている。
当然、文化だから言語や暮らしにも影響を与えることになる。

普段英語を学習していても、日本語との違いがよく分かるだろう。
そもそも、英語には尊敬なんていう言い方は数えるにも値しないし、物事をきっぱりいうという点からして日本語とは全く違うもの。

英語の長文であっても、先に結論を述べて、後から具体例を出し、最終的にやっぱりこうでしょ?と結論の再確認のような方法をとる場合が多い。

暮らしについていうと、子供のしつけが挙げられる。
日本では、みんなも経験があるだろうが、悪いことをしたり、しかられたときに外に出される、というのを小さい頃に味わうだろう。
欧米諸国では、家の中の隠れるところ、押入や地下室のような人目の着かないところへ強制的に閉じ込めることで、おしおきとなる。

これは、日本での考え方つまり母性原理によるものがおおきいと、考えられる。
母性原理は包含するといったが、これは字の通り包んで含むということである。
つまりはその包まれる範囲内ならば絶対的な安全を保障してもらえるということなのだ。

子供がお仕置きを受ける際に、外に出されるのは「家族」という範囲から除外されることによって計り知れない苦痛を味わうことを利用しているのだ。
同じおしおきを欧米人に行ったとしたら、ひとりのほうが気楽だとかえって喜んでどこかへ行ってしまうかもしれない。

私は、この文章と関連するある文章を読んでさらに驚いたが、このことは日本の「いじめ」にも言えるのだ。
いじめ、といって典型的なのは、「無視」「仲間はずれ」などである。
これも「仲間」から除外することによって精神的苦痛を与えることを意味している。
日本人にとって所属しているグループ、安全性が確保された集団から除外されることは苦痛でたまらないのだ。
無論、欧米人にはこのようないじめは効かないだろう。



私事だが、親に晩ご飯を要求するとき、私は「ご飯」「ご飯ある?」「ご飯まだ?」「お腹空いた」などといえば、母親は大抵すぐに用意してくれる。

これもその文章の内容と合致していた。

母親に限らず日本人はその母性原理とやらによるので、「場」を大切にする。
場を壊さないためには「相手の期待するものを察知して、それに応える」ことが適切だと思っている。

まさに上のは具体例で母親は私の期待したとおりにご飯を用意してくれたのである。

ところが、父性原理によって考えると、
こんな私の発言はただの状況説明にしかならない。
「ご飯」なんてのはただの単語だし、英語で言えばDinnerといわれるだけである。意味が分からない。
「ご飯ある?」「ご飯まだ?」に対しては、「あります。」「いまから作ります。」と答えればいいわけだし、
「お腹空いた」までくると「あ、そう。」としか言えないのである。「だから、なに?」ともいうかもしれない。

父性原理は切断することなので、家族であってもそれぞれは「個人」なのである。
個人とは英語で、individualという。これはin(打ち消し)+divide(分け隔てる)という語源から成り立っている単語であると、私は推測する。
つまり、これによると個人とは「分け隔てることのできないもの」であることが分かる。
人類を細かく分けていってもう分けられなくなったもの、それが個人であるのだ。

日本はやはりこれに反するのだが、「家族」や「血縁」といったものを重視する。
昔から、戦いを行っていたのもどの家系が強いかどうかを決めるためのようなものである。
源氏と平氏なんてまさにそのとおりであろう。


欧米において個人を考えると全てバラバラになってしまう。
これを繋げているのが、「宗教」つまり神の存在だ。
キリスト教などがそうだ。

対する日本は多くの人が仏教だと思いがちだが、神道という。
八百万の神とも称されるように、数え切れないほど神がいる。
例えば、今のどを潤すおいしい水には、水の神様が宿っている、ありがたい、とか
好きなあの子が話しかけてきてくれたのは恋の神様のおかげだとか。
「困ったときの神頼み」なんぞ日本を象徴するような言葉だ。
神がたくさんいると言うことは、それぞれが皆違うものを信じるということである。



個性があるのは日本か欧米どちらなのだろうか?

このような主旨の本、文章を見つけたらぜひ教えて欲しい。
さまざまな本を読み比べてみても、結論は似通ってくるのではないか。


結局、どちらがよいなどとは誰も決定することなどできないのだ。


色々考えた結果、私は自分のことを典型的な母性原理に基づく日本人だなと思った。

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2009/10/10 日記 Trackback(0) Comment(0)

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